スポンサーサイト
カテゴリ: スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Edit / --.--.-- / Com: - / TrackBack: - / PageTop↑
太陽の坐る場所
カテゴリ: 辻村深月 / テーマ: 感想 / ジャンル: 小説・文学

「太陽はどこにあっても明るいのよ」


第百六十七回
辻村深月の『太陽の坐る場所』

かつてのクラスメイトが、今をときめく女優「キョウコ」として活躍している。
毎年行われる同窓会に出席しないキョウコを何とかして引きずり出そうと何人かがそれぞれの思惑を秘めて画策する。
だが、キョウコと接触をした人間が、次々と音信不通となっていく。
嫉妬、焦り、羨望、青春はけして綺麗なものだけではない。
高校時代と、10年後の現在。
生々しい感情が容赦なく描かれる。
そしてその先にあるものとは。

辻村深月といえば講談社だと思っていたので、売られていることに気付かなかった。
そして、途中まで読んだ所で、シュタゲだーりんが発売されてしまってシュタゲ漬けになってしまったので、続きから読んだとき、細かい所を忘れてしまっていて、4章まで読み終わったところで「???」となってしまい、結局最初から読み直した。

しかし、本当に人間の心理を描くのが上手いな。
特に直視したくない、汚い部分を。
プロローグとエピローグを除けば、五つの章で構成されており、それぞれ焦点の当てられている人物が違う。
そして、それぞれの人物のドロドロとした本音をしっかりと描いている。
この5人の誰にも共感できなかったという人はいないだろうと思う。
程度の差はあるだろうが、誰だってこういう感情を持ったことがあるはずだ。
同じ道のはるか先を行く人間に対する羨望。
何故自分では駄目なのかという気持ち。
自分を見下し、哀れむ人間を逆に見下したいという感情。
自分は持っているのだという優越感。
強いものの近くに寄り添い、その威光を借りる姑息さ。
それを恥じない傲慢さ。
自分が光を浴びる人間ではないということを自覚しながら、それでも下を見てお前らよりは上なのだという不安と隣り合わせの安心。
自分だけが想い人の事をわかってあげられるという滑稽さ。
過去に囚われ抜け出せない絶望。
傷つくことで贖罪としようとする自己満足。

いやほんと、読んでいると、自分の内にもこういう感情があることを突きつけられているようで、なんかこう、心の中をちくちくと突っつきまわされているようで、落ち着かない。
そしてまあ、当然ながら辻村深月なので、それだけではなく、「仕掛け」がしっかりとある。
それは、キョウコとは誰かということなのだが、序盤から何かちぐはぐな感じはあった。
どこか噛み合わない感じ、パズルのピースが合わないような。
そう、いくら10年経っているとはいえ、キョウコと響子の人物像が違いすぎるのだ。
違和感は覚えていた、が、はっきりと明示されるまで残念ながらわからなかった。
仕掛けは二重に仕掛けられてるということもあるし、やはり、間に3週間くらい挟んでしまったのも良くなかった。
一気読みしていたらあるいは気付けただろうか。
相変わらず、上手いなあと思う。
全く気付かせないのではなく、ある程度気付かせておいて、明かされたときに、ああ、そうかそういうことか、あれはそういう意味だったのかと読者に思わせる絶妙なライン。
しかし一つだけずるいと思った点がある。
やっぱり、倫子をみちこと読むのは無理がないか?
普通りんこと読まないか?
と思ってふと、みちこで変換したら普通に「倫子」が出た。
むしろりんこでは変換できなかった。
こっちのが普通なのか、知らなかった。
つまり別にずるくはなかった。

私が個人的に一番共感してしまったのは、最初に焦点が当てられる、半田聡美だろうか。
自分には手の届かない位置にいる人物、しかもかつては同じ場所にいたはずの人物、に対する羨望。
自分がそこへ至れない絶望。
それでも有象無象の輩とは違うんだと考える何の価値もないプライド。
凄く、分かってしまうのだ。

私はどうして、その中に入っていないのだ。当事者ではないのだ。

この言葉はなかなか重い。

しかし、この作品は他の辻村作品とは少し毛色が違うように感じた。
最後のクライマックスのカタルシスがないのだ。
今までの辻村作品はそれこそ怒涛の最後だった。
そこが好きだった。
だが今作はむしろ途中の、登場人物のドロドロとした感情を描くことに力を入れているような気がした。
個人的にはやっぱり今までのほうが好きだなあ。
カタルシスという点では、里見紗江子の章がよかったな。
ぐっときた。
そうだよ、彼女は哀れんでいたんじゃない、怒っていたのだ。
あの後どうなったのかめちゃくちゃ気になるのだが、「降りて」しまった彼女達のその後は語られない。

例によって、他の辻村作品とのリンクがある。
はっきりと明言されているわけではないが、キョウコが出演した映画『アマノ・イワト』を担当した「日本で一番多忙な脚本家」とはほぼ間違いなく『スロウハイツの神様』の赤羽環であろう。
また、少し言及された、青南高校は『冷たい校舎の時は止まる』の舞台となった高校だったと思う。
『冷たい校舎の時は止まる』だけは、他の作品とのリンクがなかったように思うが、これで、同一世界の話だと分かった。

個人的には他の作品の方が好きではあるが、十分に読み応えのある作品だといえる。
本当に上手く人間を描き出すなあ。


評価:A


太陽の坐る場所 (文春文庫)太陽の坐る場所 (文春文庫)
(2011/06/10)
辻村 深月

商品詳細を見る


にほんブログ村 小説ブログ 小説読書感想へ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト
Edit / 2012.05.21 / Comment: 0 / TrackBack: 0 / PageTop↑
Comment
 
 
 
 
 
 
 
 


Pagetop↑
TrackBack
Pagetop↑
プロフィール

gaker

Author:gaker
福井晴敏と本多孝好が好きです。大好きです。
もう家に本を置く場所がありません。

リンクもトラックバックも昔の記事へのコメントも全部大歓迎です。

2008 11/13(木)開設

評価基準
AAA:凄く凄い
AA:凄い
A:とても面白い
B:面白い
C:暇つぶしには
D:ん~、微妙
E:読み進めるのが苦痛
ランキング

にほんブログ村 小説ブログ 小説読書感想へ
クリックしていただけると嬉しいです。
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。